金沢市の中心市街地から車で約20分。市の森林面積の約10%を有する内川地区は、竹林と水田と住宅地が共存する典型的な里山地区だ。標高差が大きく急な坂が多いため開発が進まず、山間部ならではの問題も数多く抱えているが、豊かな自然に抱かれた里山ならではの暮らしが営まれている。
この内川地区で、地元住民が中心になって1993年から毎年開催しているのが、地域の神社や竹林、田んぼを会場に、絵画・彫刻・木工・器・染色などさまざまなジャンルのアート作品や工芸品を展示する「内川鎮守の森ギャラリー」だ。
開放的な屋外でアートを楽しむこのイベントが誕生した背景には、地元住民の熱い思いがある。
1990年、内川地区は産業廃棄物処理場の建設問題に直面した。候補地は内川小中学校の真後ろだった。そのまま傍観していれば建設工事が始まったかもしれない。しかし地域住民が産廃施設について知識のないまま建設を進めていいのか。そんな思いで立ち上がった人物がいた。山田一二さんである。
「産廃施設は、埋め立てが行われる期間だけでなく、それ以降長期にわたる安全性も確保しなければならない。反対だ、賛成だという前に、まず住民が処理施設のリスクと技術について学ばなければ」。
そんな山田さんの声に応えて20人ほどの住民が集まり、有識者を招いてセミナーを行うとともに、地域住民を対象にした説明会を実施した。
結果的に産廃施設の建設計画は立ち消えになったが、こうした活動を通して地元の自然を守っていくことの大切さを実感した山田さんら住民グループは、内川の魅力を多くの人に知ってもらいたいと活動を続け、内川在住の織物作家・富永和雅さん、一洋さん夫妻の尽力もあり、1993年11月に初めて内川鎮守の森ギャラリーを開催した。
第1回のイベントには、富永さんら内川地区にゆかりのある作家をはじめ、当時同地区にアトリエを構えていた蒔絵(まきえ)の重要無形文化財保持者・寺井直次さん、国内外で高い評価を得ている輪島塗の角偉三郎さんらそうそうたる工芸作家の協力も得て、神社仏閣など9カ所に作品を展示した。
「神社ではお年寄りに番をしてもらいました。作品のことは説明できませんが、地域のことなら何でも分かる。地域外から来た人と話すことで、自然が豊かな自分たちの地域の良さを再発見してもらえました」(山田さん)。
以降、イベントは規模を拡大し、毎年40~60人の作家やアーティストが参加するようになり、音楽演奏やダンスパフォーマンスも行うようになった。さまざまな世代を巻き込もうと、地域の高齢者に講師になってもらい、子どもたちに機織りやワラ細工など先人の技術を教えるワークショップも開いている。
第10回からは竹林も舞台に。会場を訪れる一般の人々はもちろん、秋の深まる里山の自然を背景に作品を展示するのが新鮮だとイベントを心待ちにする作家も多い。
第18回を迎えた昨年から、山田さんらが課題にしていることがある。それはイベント運営の次世代へのバトンタッチ。来年の第20回を節目に世代交代したいと考えている。より多くの作家に出展を呼び掛けるとともに作家らにも実行委員会に加わってもらい、地域の外から力と風を呼び込んでいる。
イベント自体、秋の風物詩として地域に浸透しているという実感がある。実行委員会に参加する若い人も少しずつ増えている。それでも「私たちがゼロから始めたときと同じように、開催することに必然性を見いだしてもらえなければ続けられない」と山田さんは話す。
山田さんらにとって内川鎮守の森ギャラリーは、さまざまな出会いがある年に一度の楽しみでもあり、自然と人間との関わりについて問い続ける挑戦でもある。
今年の「内川鎮守の森ギャラリー」は、40人以上の作家やアーティストが参加して11月3日~6日に開催される。会場は、案内所を兼ねる内川公民館、内川小中学校、三子牛町八幡神社、住吉町住吉神社、古民家丸山家、ギャラリー花音(かのん)、木考房望峰(もね)、九万坊大権現、竹の小径(屋外)。各会場で工芸品やアート作品を展示するほか、ギャラリー花音ではクラフト作品を展示販売、丸山家では地域の農家が無農薬で栽培した米や野菜、おはぎなどを販売する。住吉神社では、第1回から作品を出展し、地域住民との親交も深かった人形作家の故・安宅路子さんの特別展が開催される。展示時間は10時~16時(最終日は~15時)。
世界的な評価も高いアルトサックス・フルート奏者のMiwakoさんのジャズコンサート(5日18時30分~)が九万坊大権現で行われるほか、内川小中学校でかご編み体験(5日13時30分~)が、木考房望峰で木工教室(6日10時~)が行われるなど、体験型イベントもある。
展覧会や体験型イベントは全て入場無料。イベントの詳細はギャラリー花音(蓮花町、TEL 076-247-3201)まで。