先ごろ、香林坊大和(金沢市香林坊1)で開かれた「石川のこだわり商品フェア」に、同社のスマートフォンカバー「いしかわSPC」が並んだ。強度のあるプラスチック「ポリカーボネート」を素材にして、山中塗の職人が丁寧に漆を塗り、1週間乾燥させて、またその上に漆を塗るという工程で仕上げ、そこに蒔絵(まきえ)職人が手描きで紅葉やカエルなどを描いたきらびやかな逸品だ。完成までに約3カ月かかる。
「IT製品はプラスチックでできていて無機質で味気ない。伝統工芸を使うことで、感性をくすぐるものになるのでは」。立役者である同社取締役技術本部長の砂﨑友宏さん(42)は自信たっぷりに語る。
山中塗が最高級の茶道具から合成樹脂製の弁当箱まで仕事の幅を広げているように、加飾にスクリーンを利用したものも企画した。デザインは北斎画の「波裏富士」や「糸菊」「小菊」「山水」などさまざまで、高蒔絵を模した立体的な絵が自慢だ。
昨年11月に多種多様なiPhone用カバーが市販されているシンガポールの百貨店「高島屋」で発売したところ、特に30~40代の男女に評判が良く、これまでに約400枚が売れた。
国内でも今年5月から雑貨店などで売り出し、一部の店では品切れになる人気ぶりだ。11月2日~4日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された「IFFT/インテリア ライフスタイル リビング」でもバイヤーの注目を集め、閉幕後、ネット通販業者や中国の小売業者などから商品を取り扱いたいとの申し込みが相次いでいる。
さらに、今年7月と10月に展示会を開いた香港では、商品を見た有名デザイナーのオフィスからオリジナルの来年の干支(えと)「辰」とキャラクターを絵柄にして作ってほしいと注文があり、近くこれらが発売される予定という。
「スマートフォンカバーは人目に触れやすく市場の大きな商品。今は1カ月に50~100枚売れる程度だが、うまくいけば1000枚程になるのでは」と砂﨑さん。伝統産業とモバイル機器との融合に、確かな手応えを感じている。
工作機械の制御盤などを設計・製造する同社。その取締役技術本部長である砂﨑さんが、異業種の伝統工芸分野に関心を向けるようになったのには理由がある。
6年前、かねての念願をかなえて北陸先端科学技術大学院大学に社会人入学し、研究の一環として、同学の「石川伝統工芸イノベータ養成講座」で学び始めたことが事の始まりだった。
机を並べる受講生の多くは、職人や伝統工芸産業に携わる企業の経営者たち。ある日、砂﨑さんの目はそのうちの1人が手にしていた輪島塗の沈金のペンに引き寄せられた。
「かっこいい」。
実は、常日頃は機能性重視で、高価な工芸品に個人的に興味を持ったことはなかったが、間近で見る輪島塗はとても華やかに見えた。
武将が「勝虫(かちむし)」と呼んで好んだトンボの絵柄で、自分の名前を入れた1本を、特別に割り引いてもらった価格1万5000円で注文した。内心、「高い」と思ったが、漆の感触が心地よく、手にするたびに心が癒やされ、伝統工芸の持つ付加価値に初めて気づいたという。
教室では、職人たちから「若者にも使ってもらえるUSBメモリーを作ってみたいが、技術的にどうすればよいかわからない」「材料を仕入れる資金がない」という話も聞いた。
技術者である自分なら、メモリーを扱える。自負と、伝統工芸を生かしたビジネスへの期待が砂﨑さんを突き動かした。受講生仲間の漆器業者や九谷焼の窯元と組み、早速山中塗と九谷焼でメモリーを収める小さな箱を作ってもらった。組み立てるのは、自身。本業の仕事が終わった後の夜中、自宅で部材と組み合わせ、試行錯誤の末に形にした。2008年9月に売り出したところ、観光庁の「魅力ある日本のおみやげコンテスト2010」で銀賞に輝くヒット商品になった。
2010年秋には、第二弾として山中塗のマウスも発売した。社内では会長や社長から認められ、業務の1つとして取り組むことを許された。
初年度の売り上げは600万円、2年目は1800万円と前年の3倍に。本年度は2300~2400万円になる見込みという。はた目にはとんとん拍子に成功を収めているように見えるが、「多い時で年間売り上げ25億5000万円の会社の中では、まだまだ。まず1億円を売り上げたい」と冷静にそろばんをはじく。
夢は、オフィスの机周り全てを伝統工芸品で飾ること。「ずっとパソコンに向かっていて、うつ病になる人もいる。工芸品で心が安らげば、病気になる人が少なくなるのではないか」と話す。来春には、スマートフォンや携帯電話の周辺機器の1つ、振動スピーカーを発売する計画で、目標に向けて地歩を1歩1歩固めている。
「いしかわSPC」をはじめ、同社がプロデュースするIT製品は伝統工芸の産地に意識改革をもたらした。
同講座の元受講生で、修了後も砂﨑さんとタッグを組んでいる岡田や漆器(加賀市別所町)の社長、岡田禎介さん(44)は「これまでのメーンはテーブルウェアだったが、東急ハンズの携帯電話コーナーに商品が並ぶなど、今までにない新たなマーケットが開拓できた」と感謝する。
シンガポールでも、長い歴史の中で培われてきた職人の技術が高く評価されるのを目の当たりにした。「きれい」「ゴージャス」「高級感がある」。買い物客の口からは称賛の言葉が次々に飛び出し、現代の商品とうまくマッチさせることができれば、日本の伝統工芸はもっと売れる、と確信したという。
九谷焼USBメモリーを手掛けた九谷焼窯元の青郊窯(能美市)の専務、北野啓太さん(37)も、「過去3年間で5000~6000万円を売り上げた。販売価格が1万円くらいの九谷焼の中では、かなり売れている方だと思う」とほくほく顔を見せる。
さらにうれしいのは、従来になかった流通先を獲得できたこと。これまで焼き物とは縁のなかったメモリー発注業者が、食器にも関心を持つようになるケースが少なくなく、「商品の特攻隊長になった」と予想外の展開を喜ぶ。
県産業創出支援機構によると、県内の伝統工芸品の売り上げは現在、ピークだった約20年前の約3分の1に減り、職人の数も半分になっているという。若手がアイデアを出して新商品開発に挑戦している九谷焼、合成樹脂に手を広げ、多様な製品を生み出している山中塗は、その中でも健闘している業界だとされるが、それでもやはり「売り上げの中心を占める食器類は売れにくく、業界に閉そく感がある」との声が根強い。
そうした中で、子どもからお年寄りまで幅広い世代が手にし、外国人にも受け入れられる商品の開発は、携わる業者や職人にとって大きな自信になっているようだ。
第一弾のUSBメモリーからスマートフォンカバーに至るまでの商品開発を2008年秋から一貫して応援してきたのが、県産業創出支援機構の「いしかわ産業化資源活用推進ファンド」だ。九谷焼USBメモリーがこれまでにない陶器製メモリーであったことや、伝統工芸産業に関係のない朝日電機製作所が九谷焼や山中塗の業者と共同で商品開発に取り組んだことなどを評価して、3年間で計300万円を助成した。
今秋からはさらに、海外市場を目指す新商品・新事業の支援として、同社が代表を務める異業種グループ「石川の伝統工芸を愛でる会」の事業を採択し、3年間で1000万円を補助することを決めた。
県内の織物製造業や加賀友禅、文具、金箔(ぱく)などの業界と共に、海外の消費者ニーズに合った新たな商品を開発し、「和(なごみ)ブランド」として売り出す事業だ。同社がコーディネーターとなり、シンガポールや香港などでの商売で得た現地の消費者ニーズの知識と販路、コネクションを武器に、石川発の商品を展開していくという。
「異素材、異産地、異分野が連携しての商品開発なので、いろいろな業界への波及効果を期待している」と、同機構産業化資源活用推進課の坂芳幸課長。「特攻隊長」に注がれる視線は熱い。
「いしかわSPC」は3990円~6万3000円。同社のホームページでも販売している。
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