リリース発行企業:株式会社 日立製作所
2025年度中にパイロットスケールで、スケールアップ時の収量低下を抑制した生産の実証を実施。日立は将来的に、お客さまの生産性向上に向けた生産プロセス構築支援ソリューションをHMAX Industryとして北米などへのグローバル展開をめざす

医薬原料中間体「(S)-レチクリン」の商用生産に向けた取り組みの全体像
株式会社日立製作所(以下、日立)と合成生物学スタートアップのファーメランタ株式会社(以下、ファーメランタ)と、AIでライフサイエンス分野の研究開発支援を行うエピストラ株式会社(以下、エピストラ)は、抗がん剤などの生産効率向上に貢献する医薬原料中間体「(S)-レチクリン」*1の、微生物を用いた培養条件*2の確立に関する課題解決を目的とした共同実証のうち、前半のラボスケール*3実証*4を10月に完了しました。ファーメランタ、エピストラ、日立は2025年度中に、パイロットスケール*5での収量低下を抑制した生産の実証を実施します。将来的に日立は、今回の取り組みで得られた技術や知見をもとにしたお客さまの生産性向上に向けた生産プロセス構築支援ソリューションをLumada*6 3.0を体現するHMAX Industryとして、北米をはじめとするグローバルで事業展開することをめざします。
今回のラボスケールの実証では、ファーメランタが開発したスマートセル*7を用いて培養実験を実施しました。日立とエピストラは、スケールアップを見据えた条件設定のもと、「Epistra Accelerate」*8による最適パラメータの設定技術を活用し、11変数(温度、温度、pH、通気量、培地成分など)からなる約4,300兆通りの膨大な条件の中から、60回の実験で最適条件を特定しました。その結果、(S)-レチクリンの収量を3.2 g/Lから6.0 g/Lまで向上し、また、ラボにおける実験回数を従来比で最大73%削減*9できたことを確認しました。
本取り組みは「AI×シミュレーション×スマートセル」による統合プロセスの実証であり、微生物を用いたバイオプロダクションとしては世界最大級*10の収量*11を記録しています。(S)-レチクリンはさまざまな医薬品などの中間体であり、今回得た収量は、こうした化合物の安価な生産を可能とするものです。
日立のコネクティブインダストリーズセクターは、バイオ医薬の抗体ADC*12の量産工程において、培養シミュレーション技術*13をスケールアップに適用してきた豊富な実績があります。今後、本取り組みを通じて得た技術・知見・ノウハウを活用し、培養槽などのプロダクト(デジタライズドアセット)と培養シミュレーションから発生・収集するデータに、ドメインナレッジと先進AIを組み合わせたデジタルサービス「HMAX Industry」として展開していくことをめざすとともに、バイオ医薬や産業バイオなどの成長産業へ水平展開する「Integrated Industry Automation」に注力します。Lumada 3.0を体現する「HMAX Industry」の提供を通じて、フロントラインワーカーの現場を革新していき、人々の健康と豊かな暮らしに貢献していきます。
*1(S)-レチクリン : 医薬品の製造における原料 → 中間体 → 原薬(API) → 製剤という段階で、(S)-レチクリンは「中間体」に該当し、最終的な有効成分(API)を合成するための途中生成物です。中間体は、品質や収率を安定させるためにプロセス開発で重要な役割を果たしており、特に抗がん剤や鎮痛薬の合成経路において、(S)-レチクリンを経由することで効率的な生産が可能になります。
*2 培養条件 : 微生物を培養する際の物理・化学・操作パラメータ(通気量、温度、pH、溶存酸素、栄養源、培養時間など)とその設定値を指し、ラボから商用まで再現可能な形で定量設計することが求められます。
*3 ラボスケール:数 mL ~数 L程度の容量の培養槽で培養する実験室レベルのスケール。
*4 実証実験の一部は農林水産省中小企業イノベーション創出推進事業 (SBIR3事業)で実施しています。
*5パイロットスケール : 実験室レベル(ラボスケール)と商業生産レベル(フルスケール)の中間に位置する規模での試験生産。
*6 Lumada : お客さまのデータから価値を創出し、デジタルイノベーションを加速するための、日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション・サービス・テクノロジーの総称。
*7スマートセル : 多数の遺伝子改変を加え、特定の機能を高めた細胞。
*8エピストラの国内における登録商標。エピストラ独自開発による、ライフサイエンス分野に特化した実験条件最適化AIソリューション。「目標性能の未達成」「研究開発の長期化」「原料コストの増大」といったライフサイエンス研究開発が抱える課題を解決し、優れた条件を効率的に探索します。これまで、医薬品開発や培地組成の最適化、バイオものづくりなど幅広い分野でお客さまの生産性向上に成功しており、ライフサイエンス業界における生産性改善の分野で業界トップクラスの実績を誇っています。詳しくは、https://epistra.jp/epistra-accelerateをご覧ください。
*9 73%削減の根拠 : 実験回数削減率は、代表的な古典的実験計画法(Box-Behnken法)における必要試行数との比較に基づく。11因子・中心点1回の場合、必要試行数は221回。本件は60回で条件探索を完了したため、(221-60)/221?73% の削減となります。
*10 世界最大級の根拠:公開されている最新の学術論文では3L規模のラボスケール培養槽を用いた酵母による(S)-レチクリンの収量が4.6~4.8 g/Lであり、以降ラボスケールにおいてこれを超える報告は確認されていません。今回の成果は、現時点で世界最大級の収量と考えられます。
Pyne, Michael E., et al. "A yeast platform for high-level synthesis of tetrahydroisoquinoline alkaloids." Nature Communications 11.1 (2020): 3337.
Narcross, Lauren, et al. "Benzylisoquinoline alkaloid production in yeast via norlaudanosoline improves selectivity and yield." bioRxiv (2023): 2023-05.
*11 収量 : 微生物による目的物質産生において、どれだけの量の目的物質が培養中で得られたかを表す数値。
*12 抗体ADC : Antibody-Drug Conjugate。抗体(Antibody)と薬物(Drug)を化学的に結合(Conjugate)させた標的指向型抗がん剤。
*13日立の培養シミュレーション解析(CFD): 多くの培養槽製作の実績で培った独自のノウハウをベースに、培養槽内の流動・酸素・せん断を可視化・定量化し、設計・運転条件の最適化とスケールアップ支援を実現。CHO細胞や微生物培養での生産性・品質向上に寄与。
日立の培養シミュレーションに関するURL
■背景
微生物や酵素などの生物由来の素材を用いて化学品や燃料、医薬品の原料を生産する技術・産業領域である産業バイオは、従来の化石資源依存型の製造プロセスを、生物由来の資源や微生物発酵技術に置き換えるため、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー実現のカギとして、世界的に成長が見込まれています。一方、産業バイオにおける素材開発、商用化は、一般に「微生物開発」、「ラボスケールのプロセス開発」、「スケールアップ」、「商用生産」の4段階で進みますが、「スケールアップ」時の目的物質の生産効率低下がボトルネックとなっています。事業性を確保するためには、フルスケールでも安定して高収量を維持できる培養条件の確立が不可欠です。
■本実証のポイント
本実証は、エピストラのライフサイエンス分野に特化した実験条件最適化AI「Epistra Accelerate」と、日立の培養シミュレーション技術を組み合わせることで、ラボスケールのプロセス開発からスケールアップまでをシームレスに最適化する点に特長があります。
・「Epistra Accelerate」による多次元条件の高速探索
スケールアップを見据えた条件を組み込みながら、AIが温度、pH、通気量など7つの運転パラメータと、リン酸・マグネシウム塩など4つの培地成分を同時に最適化する条件を決定します。これにより、従来の実験計画法(DoE)*14に比べ、ラボ実験回数を約73%削減しつつ、(S)-レチクリンの収量を3.2 g/Lから6.0 g/Lまで向上できることを確認しました。同最適化技術は、2018年4月から「Epistra Accelerate」として提供されており、製薬、再生医療、バイオものづくりなどのさまざまな分野で多数の実績を有します。
・日立の培養シミュレーション技術によるスケールアップの物理環境を補正
2025年度中に実施するパイロットスケールでの実証においては、日立の培養シミュレーション技術により、培養槽内の流動状態・酸素供給・せん断力分布*15を可視化・定量化し、スケールアップ時に変化する流動・酸素供給などの物理環境を解析や収量低下、品質劣化の要因を特定します。この結果を用いて運転条件や槽設計を補正することで、スケールアップする際の収量の再現性を高めます。
これらにより、従来の「ラボで成功しても、スケールアップで収量が落ちる」という業界のジレンマを解消し、生産性向上・開発期間の短縮・コスト削減に実効性のあるアプローチを示します。
*14 DoE : Design of Experiments(実験計画法) 。複数の要因(パラメータ)とその組み合わせが結果に与える影響を効率的に調べるための統計的手法です。
*15 せん断力分布 : 構造物に作用するせん断力(Shear Force)が部材の長さ方向にどのように変化しているかを示す分布図や関係です。主に梁や桁などの構造解析で使われます。
日立製作所について
日立は、IT、OT(制御・運用技術)、プロダクトを活用した社会イノベーション事業(SIB)を通じて、環境・幸福・経済成長が調和するハーモナイズドソサエティの実現に貢献します。デジタルシステム&サービス、エナジー、モビリティ、コネクティブインダストリーズの4セクターに加え、新たな成長事業を創出する戦略SIBビジネスユニットの事業体制でグローバルに事業を展開し、Lumadaをコアとしてデータから価値を創出することで、お客さまと社会の課題を解決します。2024年度(2025年3月期)売上収益は9兆7,833億円、2025年3月末時点で連結子会社は618社、全世界で約28万人の従業員を擁しています。詳しくは、www.hitachi.co.jpをご覧ください。
ファーメランタについて
ファーメランタ株式会社は、2022年に創業した合成生物学スタートアップです。約35名の研究開発メンバーと約10名の事業開発管理メンバーを擁し、大腸菌を用いた医薬・化粧品・食品原料などの高付加価値化合物を発酵生産する独自の技術基盤を有しています。発酵プラットフォームにより、アルカロイド、フラボノイド、カロテノイドなど多様な代謝産物をスケールアップ可能な形で設計・生産し、研究から商業生産までを一貫して実施。これまでに累計40億円以上の資金調達および助成金獲得を達成し、「すべての人々に有効成分を届ける」という理念のもと、持続可能なバイオ生産の社会実装を進めています。
エピストラについて
製薬会社などライフサイエンス分野の研究開発を行う企業を対象として、独自開発のAI技術を駆使した実験条件最適化AI「Epistra Accelerate」や、画像解析AI「Epistra Vision」などを活用したハンズオン研究支援サービスを提供しています。すでに大手製薬会社など 60 件を超える導入実績もあり、理化学研究所との共同研究では、網膜色素上皮細胞への分化効率を 80%以上向上させることに成功し、国際論文誌「eLife」に採択されています。詳しくは、 https://epistra.jpをご覧ください。
お問い合わせ先
株式会社日立製作所
水環境ソリューションに関するお問い合わせ:水環境ソリューション:日立
ファーメランタ株式会社
増田 直之
事業開発部長
076-295-9857
info@feremelanta.com
エピストラ株式会社
小澤 陽介
代表取締役CEO
03-6435-7714
contact@epistra.jp