小説家・隆慶一郎さんの没後20年を機に、新潮社が9月11日より「隆慶一郎全集」の刊行を開始した。全19巻の装丁画は白山市在住の挿し絵画家・西のぼるさんが手がけ、アールヌーボー調の図案を取り入れたデザインで新たな世界に挑んだ。
隆さんが好んだピース缶の紺色を基調にした表紙には、アールヌーボー調の図案と登場人物を組み合わせた装画を箔(はく)押しし、金箔(きんぱく)の間から朱や緑の地色がのぞく趣向を凝らしている。図案は、隆さんが描いた登場人物たちをグループ分けした「かぶき者」「道々の輩(ともがら)」「いくさ人」に対応した3種類があり、1巻ごとに異なる人物絵を組み合わせる。
隆さんは1923(大正12)年東京生まれ。東京大学卒業後、編集者を経て中央大学で仏語仏文学の教べんを執る一方、本名の「池田一朗」で脚本家としての活動を始め、映画「にあんちゃん」「陽のあたる坂道」、テレビドラマ「鬼平犯科帳」など約30年間に120本を超える脚本を書いた。還暦を機に小説家を志した隆さんは1984(昭和59)年、江戸・吉原のイメージを覆し、漂泊の民たちの「自由の砦(とりで)」として描いた「吉原御免状」で小説家デビューを果たし、以後、「影武者徳川家康」「一夢庵風流記」などを次々と世に送り出した。「かぶき者」として知られ、直江兼続とも親交が深かったとされる前田慶次郎を描いた「一夢庵風流記」は原哲夫さんにより「花の慶次」として漫画化され、パチンコにも登場するなど現在も人気を博している。
珠洲市生まれの西さんは、日本を代表する挿し絵画家の一人。数々の時代小説・歴史小説の挿し絵を手がけ、今年で画業31年を迎えるベテラン。隆さんとは交流が深く、処女作「吉原御免状」の装丁画を手がけたのをはじめ、2作目の「かくれさと苦界行」の挿し絵・装丁画を担当するなど、隆さんの世界観を映し出す絵を描く女房役として作品をともに生み出してきた。「吉原御免状」の表紙の原画は、病と闘いながら執筆への意欲をたぎらせていた隆さんが病床に飾り、眺めていた唯一の絵であり、1989年11月、帰らぬ人となった隆さんとともにひつぎに納められた。
アールヌーボー調の図案は、新潮社から装丁画の依頼を受けた西さんが発案。フランス文学に造けいが深く、一方で日本の歴史学を踏まえたうえで時代小説に新たな切り口を見出し、独自の世界観を展開していった隆さんの「骨格・背骨になっているものを象徴的に表した」という。アールヌーボーはジャポニズム、とりわけ浮世絵の影響を受けているとされ、庶民の画家であった葛飾北斎ら浮世絵師の作品は、日本へのあこがれを駆り立てた。日本文化とヨーロッパ文化の融合は、フランス文学を究めたうえで日本の歴史を新たな視点で描いた隆さんの小説の奥深くに映し出されている。「そこにいるだけで空気が変わるような存在感があり、ダンディーで、女性だけではなく男もほれる人だった」と生前の隆さんを振り返る西さん。象徴的な図案と線だけでシンプルに描いた人物の組み合わせが斬新な装丁画は、作家の魅力を視覚で伝える挿し絵画家ならではの思いを込めた作品である。
2巻以降は毎月20日発売予定。各巻の定価は1,680~1,890円。