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「発酵文化芸術祭 金沢」 アートが紡ぐ石川の発酵文化の記憶

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 石川県の発酵文化をテーマにした「発酵文化芸術祭 金沢」が9月21日から開催されている。みそやしょうゆ、日本酒やこうじといった発酵食や、発酵に不可欠な菌、酵母、微生物などに着目し、金沢市内5カ所と白山市鶴来地区で展開する。今回の特集では、金沢21世紀美術館と大野エリア、野町・弥生エリア、東山・大手町エリアの各会場を巡った。

■金沢21世紀美術館プロジェクト工房「みえないものを感じる旅へ~加賀・能登の発酵文化人類学~」

 金沢21世紀美術館(金沢市広坂1)では発酵デザイナーで同イベントのプロデューサーを務める小倉ヒラクさんが、石川県の発酵にまつわる文化や加賀・能登に伝わる発酵食の成り立ちをパネル展示や実物などで紹介する。

金沢21世紀美術館プロジェクト工房での展示風景

白山市美川地区で主に製造する「ふぐのこ」や「こんか」


 会場では、能登半島地震により被災した家屋などから引き取った輪島塗の膳も展示する。

輪島塗の膳

 小倉さんは「何百年も家族で継承してきた輪島塗の膳には、能登の人たちの記憶が詰まっている。ハレの日に発酵食を輪島塗の膳で頂く風習に、石川の食文化の美意識を感じた。発酵食は漆器と一緒に発展してきたことが分かる」と話す。

 イベントのビジュアルを「グレーと黄色」でデザインしたという小倉さんは「発酵文化を巡る光と影を意識した。グレーは、目立たないまでも永らく続いてきた発酵の歴史を表している。黄色は、発酵を助ける微生物や発酵文化が根付く地域を観光して回ること、そして金沢の人たちが大切にしているホタルの光が発酵文化を照らすことをイメージした。加賀百万石と呼ばれる派手な文化だけでなく、影に隠れてきた長い歴史とどうやって向き合うかをテーマに芸術祭を企画した」と話す。

■野町・弥生エリア「発酵する言葉」

 野町・弥生エリアでは、関口涼子さんが匂いと記憶をテーマに「発酵する言葉」として、映像作品やインスタレーション作品などを3つの会場で展開する。

関口涼子 ©Trami Nguyen。

四十萬谷本舗
 「かぶら寿司(ずし)」「鰤(ブリ)塩糀(こうじ)炙(あぶ)り」「能登いか野菜づめ」などの伝統的な発酵食品を製造する「四十萬谷本舗」(弥生1)では、金沢に関わる人に匂いの記憶をインタビューしたドキュメンタリー作品を上映する。

四十萬谷本舗ではドキュメンタリー作品を上映

 「かぶら寿司」は冬を代表する発酵食であることから、来場者に「冬の香り」は何かを書いてもらう試みも行う。

来場者が書いた「冬の香り」

元印刷所
 現在は空き家となっている「元印刷所」(野町3)では、町内で1923(大正12)年から酢をつくり続ける「今川酢造」(同)の酢の香りと向き合う部屋を設置した。

酢の香りと向き合う部屋

 木製の個室には酢の入ったおけと3分間を計る砂時計が置かれている。関口さんは「酢と対話し、発酵に要する長い時間を感じてほしい」と説明する。

中初商店
 しょうゆ蔵の「中初商店」(野町1)では築200年の町家の地下に戦時中作られた防空壕(ごう)に、展示スペースを設けた。

防空壕の入り口

 関口さんは防空壕を「大切な人を守るために作られた宝物入れの箱のよう」と表現し、「発酵も大切なものに生きてもらうための仕事」と結びつける。

 関口さんは「発酵を広く捉えてみると、文学やエッセー、詩などの中にも発酵の存在と呼応する文章が見つかる」と気づき、防空壕の中に発酵にまつわる言葉をつづった手紙が受け取れる引き出しを用意したという。

「発酵の言葉の場所」

 同店ではしょうゆを製造する過程を目と舌で知る体験も行う。社長の中谷英樹さんは「しょうゆの原料となる小麦を焙煎(ばいせん)する前と後で異なる香りや、3年かけて発酵させたしょうゆのまろやかさを建物の歴史と共に感じてほしい」と話す。

東山・大手町エリア「三六〇、六〇、九〇、を(内科室にて)」
 遠藤薫さんは、江戸時代の臨済宗禅僧・仙厓義梵(せんがいぎぼん)が丸と三角と四角で説いた「禅の極意」からインスピレーションを受け、広義の発酵として「死と再生、分解と循環の象徴ともいえる9的なるもの」をテーマに東山・大手町エリアで展示を行った。

遠藤薫(写真提供=金沢21世紀美術館)

大手町洋館(旧山田邸)
 金沢大学医学部の山田詩朗教授の邸宅として1933(昭和8)年に建築された「大手町洋館」(大手町)では、普段開放されていない館内にインスタレーション作品を展示した。

大手町洋館での展示風景

 能登半島地震では金沢市内も震度5強を観測し、大手町洋館は天井の一部が崩落した。遠藤さんは天井から落ちた破片や色褪せたカーテン、当時の豪華さを残す家具などと共に、珠洲焼と陶片を同じ部屋に配置した。珠洲焼は地震で崩れた断層から採取した土を使い、倒壊した家屋などの廃材を燃やして湯を沸かしている銭湯の火で焼いた。一方、陶片は地震で破損したものではなく、焼き損じなどで人為的に壊したものだという。

 遠藤さんは古布を金沢市内の畑に埋め、2カ月かけて微生物に分解させるという取り組みも行った。

微生物により分解された古布

 分解された布は藍の葉を発酵させた染色方法の「藍染」で染めた。

藍染めした古布

 遠藤さんは「作って壊れてを繰り返す世界は、微生物の世界にも共通する。割れた陶片や使い古された布を再利用する過程や循環も、今回の展示におけるモチーフとして考えている」と説明する。

高木糀商店
 ひがし茶屋街の奥にある糀店「高木糀商店」(東山1)では、店舗の軒先に遠藤さんが制作した珠洲焼と藍染が展示されている。

高木糀商店での展示風景

大野エリア
 しょうゆの産地として知られる大野エリアでは、3組のアーティストが3つのしょうゆ蔵でそれぞれの発酵の世界を広げた。

ヤマト醤油味噌(しょうゆみそ)「糀(こうじ)蔵バース」
 創業1911(明治44)年の「ヤマト醤油味噌」(大野町4)では、同イベントの共同キュレーターで発酵メディア研究者のドミニク・チェンさん率いる「FERMENT MEDIA RESEARCH」が開発したロボットが見られる。

味噌ボット

 木おけをノックして「味噌(みそ)ボット」を起こし、話しかけると会話ができる。担当者が「金沢経済新聞さんが取材に来てくれたよ」と声をかけると、「それはいいね、大野のしょうゆの魅力を伝えてもらうことはとても重要だよ。どんな質問をされたか後で教えてね」と返事をした。「味噌ボット」はヤマト醤油味噌や大野のしょうゆ文化についての知識も深く、来場者からの質問にも答えられるという。

 こうじ蔵の中にはみその発酵に必要なコウジカビや酵母、乳酸菌の形を模した「蔵付きボッツ」がおり、みそのpHや酸化還元電位などの化学データと連動して動きの速度を変えるという。

蔵付きボッツ

 FERMENT MEDIA RESEARCHは「目には見えないが確かに存在する微生物の息遣いを感じてほしい」と説明する。

紺市醤油「it's in the air(microbiome)」
 1892(明治25)年から続くしょうゆ蔵の「紺市醤油」(大野町2)では製造工場を開放し、蔵を満たすしょうゆの香りや古い建物が持つ雰囲気を体験できる。

 三原聡一郎さんは工場内の空気をゆっくりかき混ぜる長い棒と、空間を静かに楽しむための回転チェアを設けた。能登ヒバで作られた棒には、微生物を活性化させるために培養液を塗っている。

紺市醤油での展示風景

 三原さんは「蔵の空気を優しくかき回すことで、蔵付きの菌という存在を静かに浮かび上がらせたいと思った。今回の展示は蔵に入れるまたとない機会。天窓から差し込む自然光の下で、ゆっくりと全体を眺めて過ごしてほしい」と話す。

直源醤油「発酵するカタチ」
 1825(文政8)年創業の老舗しょうゆ蔵「直源醤油」では、職人集団「secca」が来場者参加型の作品を展開する。

 seccaは2つの粘土を会場に用意した。来場者=微生物が備え付けの器具で粘土を叩いたり削ったりして形を変容させることで、「発酵の見える化」を図る。

直源醤油での展示の様子-たたく


直源醤油での展示の様子-けずる

 形を変えた粘土はseccaが「美しい」と感じたタイミングで3Dスキャンし、3Dプリンターにかけたものを彫刻のように展示する。

 

 「発酵文化芸術祭 金沢」の各会場を移動していくと、アーティストや作家の捉える「発酵」の多様さに気が付く。言葉や伝承を発酵になぞらえたり、作品だけでなく会場となる古い建物も発酵しているかのようだったり、空間やその場にいる私たち自身も発酵に関わる一部のように感じられたり、まるで石川の発酵食のように幅広く、時に独創的に時に伝統的に展開していた。石川の人々が生活の一部として慣れ親しむ発酵文化。その歴史は芸術と出会い、どのような記憶になって未来に引き継がれていくのだろう。

 入場料は、一般=2,000円、大学生=1,500円、小中高生=800円。開場時間と休場日は会場によって異なる。12月8日まで。

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