金沢在住の森義隆さんが能登の被災地を撮影したドキュメンタリー映像作品「先に棲(す)む」を制作し、6月30日に公開を始めた。どのようなきっかけで制作したのか、映像に込めたものは何だったのか、話を聞いた。
取材に応じる森義隆監督
森さんは映画監督で、代表作に「宇宙兄弟」「聖の青春」「パラレルワールドラブストーリー」などがある。金沢には2016(平成28)年に移住した。「都内に住んでいたある日、山手線車内で流れる広告映像を見ていて、自分は脱東京すべきだと思い立った。全く知り合いのいない金沢だったが、文化が身近にあって暮らし良い街が気に入った」と森さん。映画やドラマなど仕事の大半は首都圏なので 新幹線があったことも移住を後押ししたという。
2024年元日に起きた能登半島地震の時は都内にいたが、2月には被災地の炊き出しに同行した。認定NPO法人「趣都金澤」から能登のドキュメンタリー制作の相談があった時も二つ返事で決めた。「震災前の能登は、自分にとっては遊び場。輪島の民宿に泊まるなど年2~3回は行っていたので現地の状況が心配でならなかった。東日本大震災の時に被災地に行かなかった後悔の念がずっと心に残っていたので、今回は迷いなく即決した」と話す。
多様で複雑な能登で見つけた伝えたいもの
撮影することは決まったが、能登はあまりに広く、多様で複雑。最初の数カ月は何をテーマにするか、何を撮るべきか悩んでいたという。同年12月になって、人づてで珠洲市の高屋地区に住む吉田華子さんと出会い、同集落の人々の生命力の強さや、海や山など土地の持つ力に心動かされ、ここを撮ろうと決断。翌年2月から4月にかけて、カメラマンと2人で現地に入って撮影した。
高屋での取材の様子(写真提供=森義隆)
「震災の被害を直接記録して訴えることも重要だが、それ以上に今伝えなければならないことが能登にはあると思った。一般的にはドキュメンタリーであってもウケやオチが求められるが、今回は筋を決めないで毎日集落を歩き回って出会ったシーンを撮影し、撮れたものを肯定して編集した」と話す。「監督をやっていると、良い俳優が動物的感性や生きる力を持っていると感じることが多い。その意味で高屋には吉田さんをはじめ、素晴らしい俳優が多い」とも。
映像作品「先に棲む」から(写真提供=森義隆)
映像では、高屋に震災後も住み続ける住民の日常が映し出される。地震で変わってしまった風景や建物がある中で、昔から変わらない暮らしをたくましく続ける人たちが描かれている。
「先に棲む」に込めた思い
「撮影したのは一つの小さな集落だが、これは日本の課題を意味する」と森さん。「今の能登は少子高齢化を迎えた日本の未来の姿でもある。今の能登を知ってほしいが、金沢でさえ知らない人が多い。他のメディアでは伝わらないのではないかと思って制作している」と話す。
映像作品「先に棲む」から(写真提供=森義隆)
映像作品のタイトルは、確実に人口が減っていく現状を踏まえて「住民募集」なども考えたが、移住者が急に増えても対応が難しいと思い、高屋の区長や住民と相談して「先に棲む」とした。「先」には地理的に能登の先端であるほか、将来の日本を先に体験する、自然と共生する先端の生活などの意味を持たせた。「地震で離れていった人や、かつて住んでいた人が戻ってきたくなるようなきっかけづくりになれば」と期待を込める。
映像作品「先に棲む」から(写真提供=森義隆)
「撮影した高屋の人たちは、一般的な海や畑のプロというよりも、いわば『高屋のプロ』。その土地固有の地形や暮らしに最適化した術を身につけている。能登でひとくくりに捉えるのではなく、集落ごとに違っているということも知ってほしい」とも。
映像はウェブで公開して多くの人に見てもらう一方、「深く関心を持つ人に確実に届くように上映会も開く。そこで自らの体験を話したり、参加者で課題を議論したりするような場づくりにつなげていきたいので、興味がある人は声をかけてほしい」と森さん。上映会は金沢市など石川県内各地のほか、富山、東京、京都などでも実施する。
ウェブサイト「先に棲む」から
「復興」を形骸化させないために
森さんは「復興という大きな文脈から大切なものがこぼれ落ちているように感じる」と話し、「復興」という言葉が形骸化しつつある現状を憂える。かつて小説家の井上ひさしが「平和」という言葉が形骸化していくことに危惧を抱き 更新し続けるのが作家の仕事だと語ったことに触れ、「復興も『はやり言葉』のように飽きられてしまうので、こまめにアップデートしていく必要がある」として、この映像は年1回くらいのペースで更新し、定点観測的に最低でも5年は続けていきたいと話す。「もちろん費用が必要なので寄付などのサポートも必要。挑戦だと思っている」と意気込む。
森義隆監督
能登に通うのは楽しいと森さん。先日は能登の祭りに参加してみこしを担いだという。能登を通じて出会いが増えるのは喜びだと話す。来春に向けた「先に棲む」第2弾も撮影が始まっている。森さんの能登と共に歩んでいく日々は、まだまだ続きそうだ。
「先に棲む」
https://sakinisumu.jp/