工芸の魅力を発信する大型フェスティバル「金沢21世紀工芸」が11月24日、45日間の開催に幕を下ろした。「工芸を遊ぼう。」をメインテーマに、金沢市内のギャラリーなどの各会場で、工芸とまち、食を楽しむワークショップや展示を展開。5つのコンテンツで行われたプログラムの一部を以下に紹介する。
伝統文化・郷土料理を体験できる施設「IN KANAZAWA HOUSE」(芳斉1)では11月8日、「展覧会の絵 -Autumn in Kanazawa-」が開催された。
美術館を回遊しながら一点一点の絵を見るかのように、一皿一皿の料理を絵画鑑賞の感覚で楽しむ同プログラム。元染物店だった町家空間で、フランス料理店シェフの田川真澄さんの視覚と味覚に働き掛ける新感覚フレンチがガラス作家・保木詩衣吏さんの皿と器に盛り付けられ、金沢の秋の一コマがメニューの一つ一つに表現された。
ディレクターの高畠恵さんは「このイベントのために作られたガラスの器に料理が盛られ、メニューが完成した。その場にいた人全てにたっぷりと秋を感じていただくことができたのでは」と話す。
参加者は器の上に料理が一品一品盛り付けられるたびに「本当に絵画のよう」と驚きながらスマートフォンで写真におさめていた。食事のみにとどまらないイベントへの期待は高まっていると感じた日だった。
【VRで読む】「IN KANAZAWA HOUSE」で開催された「展覧会の絵 -Autumn in Kanazawa-」
石川県内の農家の安心で旬の野菜を販売している「香土(カグツチ)」(安江町)では10月12日、「五感・五臓六腑に呼びかける・アートな夜カフェ」が開催された。
「食器や会場のしつらえを目で見て、食事を食べて、とにかく元気になってほしい」というテーマで開催された同イベント。食器を武田朋己さん、薬膳料理を西原美帆さんが手掛けた。
気候も不安定で肌寒くなってきた時期の開催ということもあり、「肺を潤す料理」を提供。カラフルな皿に、色とりどりの薬膳料理を参加者それぞれがビュッフェスタイルで盛り付けて楽しんでいた。
台風に見舞われた中での開催であったが、同プログラムを申し込んだ参加者ほぼ全員が会場を訪れており、心から楽しんでいた。武田さんと西原さんの今後の活動に期待していきたい。
【VRで読む】安江町の「香土(カグツチ)」で開催された「五感・五臓六腑に呼びかける・アートな夜カフェ」
ひがし茶屋街奥の「町屋塾」(東山1)では、ガラス作家2人の作品を展示した。
参加したのは、鋳造の技法を使ってガラスを造形する常盤耕太さんと、吹きガラスで制作した作品にエナメル絵付けを施す常盤杏奈さん。夫婦でもある2人の作品は、無機質で角張った男性的な形が多い耕太さんの作品8点と、有機的な丸みのある杏奈さんの9点が対照的なのも見どころの一つ。
展示について耕太さんは「いつもとは違う町家や和室での展示に合わせて、構成や展示棚、作品を用意した。会場内の床の間に置くことをイメージし、新たな技法にも挑戦した新作「融と立つ」はあえて色味を無くし、金沢の雪をほうふつとさせるような作品に仕上がった」と話す。
作家の常盤耕太さんが話すように「新たな技法にも挑戦できた」という今回の展示。今後の活躍にも期待したい。
大樋長左衛門窯に併設する「大樋ギャラリー」(橋場町)では、漆芸作家・野口健さんの作品を展示した。
野口さんは型に麻ひもと漆を何層にも重ね合わせていく脱乾漆技法で作品を制作する。木製の器などに漆を施すのとは異なり、自由な形で造形でき、工程による表情の違いなど作品の幅も広い。今回は見事な日本庭園や松の木をバックに展示できる空間に沿って、工芸回廊というイベントで新たに作品を見る人に向け、自身の作風が伝わりやすい5点を選んだ。
野口さんは「さまざまな工芸や作家さんが参加する工芸回廊は、一点物の作品を歩いてざっと見ることができる貴重な機会。一般的なギャラリーとは違う空間に作品が並ぶのも、イベントの魅力の一つでは」と話す。
伝統技法を現代風にした「型にはまらない」野口さんの作品は今後、どのように注目されていくのか、期待していきたい。
【VRで読む】大樋長左衛門窯に併設する「大樋ギャラリー」での展示
茶室「松声庵」(高岡町)では10月26日、金沢ゆかりの英雄・青木新兵衛の勇姿に思いをはせる茶会「偃武(えんぶ)草子茶会」が開かれた。
茶会ではまず、幾多の戦場で槍(やり)の名手として名をはせた「青木新兵衛芳斎」の活躍と、晩年は加賀藩三代藩主・前田利常公に請われ、現在の「金沢市芳斉町」の由来となったことを絵物語で紹介した。
その後、毎月決まった日にちに茶会を行う「月釜文化」を活性化させることを目的に、市内で活動する「月ノ樂釜(つきのがくふ)」が席主を務める茶席で濃茶・薄茶の2席を行った。参加者は茶器や茶わんが「奥羽関ヶ原」や「賤ヶ岳の戦い」の舞台となった地域のものを利用しているなどの説明を受けながら、世界観を楽しんでいた。
金沢ゆかりの英雄に関する学びを得た後、濃茶と薄茶の2席を楽しむことができ、参加者も満足の様子だった。月釜文化の活性化に今後も期待したい。
【VRで読む】金沢ゆかりの英雄・青木新兵衛の武勇伝と茶会を楽しむ「偃武草子茶会」
加賀藩前田家の菩提寺である「宝円寺」では11月24日、「青宝茶会」が開かれた。
金沢の文化を次の世代に「つなげる」をテーマに、茶道裏千家今日庵業躰・奈良宗久さんの監修の下で開催された同茶会。席主は金沢青年会議所の茶道同好会「青宝会」が務めた。
「伝統を守りながらも、これからの伝統をつなぐこと」に期待を込めることから若手作家の茶道具を使っており、茶器を興味深く見つめる参加者の姿も見られた。
好評につき、早々に満席になったという同茶会で、若手作家たちが活躍する場がつくられたことに非常に興味を引かれた。若手作家の作品がさまざまな茶会等で広まっていく日が楽しみだ。
【VRで読む】加賀藩前田家の菩提寺「宝円寺」で開催された「青宝茶会」
工芸体験工房やすし店とバーの複合施設「Labo白菊」(白菊町)では10月19日、金工作家の大清水裕史さんによる体験教室「親子でつくる手作りアクセサリー」が開催された。
好みの金属板を選び、金づちで凹凸の模様をつけてアクセサリーを作る教室には25人の親子が参加した。「金沢みらい工芸部」への参加を続ける教室は常連の参加者も多い。母親と共に初参加したという小学6年の女児は「学校のチラシで知って興味を持った。しずく型のペンダントの図案を考えてきたが、素材が固く意外に難しい」と話した。
大清水さんは「体験教室を通して子どもたちが笑って帰ってくれるのがうれしい。金沢には同様の体験施設も多いが、面白く気軽に参加できるような工夫をしていきたい」と話す。
親は子供の作品づくりに対する熱心な姿やまなざしを見、子供は自身で作品を作ってみることにより工芸への興味をもつ、絶好の場になったのではないか。同教室をきっかけに、将来の工芸の担い手が世に羽ばたくことを願う。
【VRで読む】複合施設「Labo白菊」で開催された「親子で作る手作りアクセサリー」
体験教室「呑(の)みながら酒器づくり」が11月16日、複合施設「Labo白菊」(白菊町)で開催された。
金沢21世紀工芸祭「金沢みらい工芸部」の一環で「お酒好きな人が自分好みの酒器を飲みながら作る」のが趣旨。今回で3回目の同イベントはリピーターも多く、定員を超える16人が参加し2種の酒器を仕上げた。
成型まで用意された猪口(ちょこ)を好みの酒に合わせた飲み口や形に削り出し、色付けを体験した。同じ敷地内にある「Bar露草」のバーテンダーが日本酒・焼酎・ワイン・ウイスキーなどをサーブし、全員で乾杯してから教室がスタート。グラスを片手に、にぎやかな雰囲気で進められた。
参加した女性は「ガラス体験で酒器を作ったことはあるが陶器では初めて。自分で作った器で飲むお酒は格別」と話す。主催者で陶芸家の川崎知美さんは「今後も地域の輪を広げるような企画を続けたい」と話す。
自身で作品作りに携わることにより、工芸作品を見るときの楽しみ方も変わる機会になったのでは。今後も工芸作品が生活に取り入れられていくことに期待したい。
【VRで読む】複合施設「Labo白菊」で開催された「呑みながら酒器づくり」
「白鷺美術」(柿木畠)では、藤田圭子さんの個展「SPILL」が開催された。
藤田さんは2011年、工業製品のタグピンを昇華させたという「コンテンポラリージュエリーdodo(ドゥドゥ)シリーズ」を発表した。チープな素材から上質さを表現していくことを追求しているという。
来場客からは「初めて目にしたときにはおしゃれなアクセサリーの印象だが、手に取ったときに素材の身近さに驚きや意外性があって面白い」などの声が寄せられていた。
金箔を箔押ししたパーツを使用したシリーズも展開している藤田さんの作品は、国内外から注目を浴びているとのこと。金沢から発信される上質なアクセサリーに今後も注目したい。
【VRで読む】柿木畠の「白鷺美術」での「藤田圭子展 SPILL」
小立野のアーティストランスペース「芸宿」では、金沢美術工芸大学4年の深田拓哉さんの個展「No.18」が開催された。
深田さんの作品は、鉄の板を細長く切った棒状の鉄を再度溶接した彫刻。溶断の過程で「有機的な工業製品としての鉄」が自らの意思で歪み曲がって形を変えるように思えるのだという。
深田さんは「今回の展示は『朽ちていくもの』をモチーフにしている。物体としては存在しているが、やがて朽ちて形を失って物質として地球に還っていくものとして考えている。今後の彫刻における立ち位置や方向性を探る展示になれば」と話していた。
大きなテーマをもって作品づくりに取り組む深田さん。今後もどのような作品が発表されていくのか、楽しみにしていきたい。
【VRで読む】小立野のアトリエ兼制作スタジオ「芸宿」で開催の深田拓哉さんの個展「No.18」
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総合監修を務めた認定NPO法人趣都金澤の理事長・浦淳さんは、今年の金沢21世紀工芸祭を振り返り「工芸回廊はかなり洗練されてきた。みらい茶会では自発的に席を持ちたい方が増え、趣膳食彩では他団体の参画もあり多様性が増した」と話す。「来年度は、北陸の他の工芸祭との連携も図り、大都市圏や海外からの誘客につなげたい」とも。
会期のスタート時は台風に見舞われた今年の工芸祭だったが、その後は天候にも恵まれる日が多く、客足も伸びていたよう。点在するギャラリーへの回遊を促すしつらえ、アーティストによるワークショップなどにより、県内外の人へ向けて「工芸都市・金沢」を発信できたのではないだろうか。今後も金沢の地から発信される「文化」を注意深く追っていきたい。