
「『みんなの家』と能登の未来」と題したトークイベントが2月17日、金沢21世紀美術館(金沢市広坂1)で行われた。主催はNPO法人「HOME-FOR-ALL」。
「みんなの家」は、被災地の人々が集まって居心地よく過ごせる共同のリビングルームのような家を、住民との対話を通じて造ろうというプロジェクト。2011(平成23)年の東日本大震災を受けて始まり、東北の16棟のほか、2012(平成24)年の熊本広域水害では2棟、2016(平成28)年の熊本地震では公費による規格型住宅を含む100棟以上の「みんなの家」が建てられた。
能登半島地震の被災地においても6棟の「みんなの家」が計画されており、当日のトークイベントでは能登の未来を共に考えようと、能登の「みんなの家」運営予定者や設計に携わる建築家などが登壇。会場には若年層を中心に約70人が集まった。
プロジェクトを推進するHOME-FOR-ALL創立者の一人で、金沢21世紀美術館を設計した建築家の妹島和世さんは「活動を始めた当初は地元の理解を得るのに苦労したが、最初の『仙台市宮城野区のみんなの家』を建てると一気に話が進んだ」と振り返る。漁師の多い地区では作業場を兼ねるスペースをつくるなど、住民の課題に応じて設計を変えているという。
「狼煙(のろし)のみんなの家」(珠洲市)運営を予定する糸矢敏夫さんは、区長を務める地区は高齢化が進み平均年齢は70歳前後で、4割ほどの住宅が全半壊したという。「神社や祭のキリコなど心のよりどころになるものが全て壊れてしまったので、みんなの集まれる場所が欲しかった。祭や報恩講の料理をみんなで作る風習を復活させ、若い人にも伝えていきたい」と話す。伴走しながら「みんなの家」を設計する建築家の久山幸成さんは、魚を調理できるスペースを作ったり、古民家からレスキューした能登伝統の黒瓦を使ったり、地区の生活になじむ工夫をしていると説明した。
「深見のみんなの家」(輪島市)運営予定の佐藤克己さんは、県外からの移住者。小松市に全村避難した際に、集落外の人と調整するリーダー的役割を任せられた。「2次避難先のホテルでは住民全員が顔を合わせたのでコミュニティーは維持できていたが、能登に戻って仮設住宅に入ると集まる機会が減って団結が薄れ、笑顔も消えた」と話す。震災前に地元のものを販売していた集会所的な場所があったので、「みんなの家」ではこれを復活させてコミュニティーを活性化したいという。
そのほか「みんなの家」を「みんなの馬」として心身をケアするコミュニティーづくりをするという鉢ヶ崎(珠洲市)の牧場や、「みんなの番屋」として能登の食をアピールしていくと話す鵜川(能登町)の漁師などが運営の抱負を話した。
最後に登壇者全員が円陣となってディスカッションを行い、「誰かが楽しんでいると周囲に伝わる。外から見える仕掛けや、人が集まってくる工夫が必要」という意見が出された。