「木のバッグ」と言っても丸太をくりぬくわけではない。使うのは、ごくごく薄い0.12~0.18ミリの厚さにスライスした木のシート。これをミシンで革や合成皮革と縫い合わせ、バッグや財布、名刺入れの形に仕上げる。折り曲げても破れず、しなやかで、一見、木とは思えない仕上がりだ。
主に材料に用いるのは、柿の木数万本に1本の確率でしか見つからない希少な黒柿と、木目があり、光沢が美しいトチノキ。今では手に入りにくい銘木を惜しまず活用した。
「感動していただけるものを作りたかった」と、谷口正晴社長(60)はその意図を説明する。
テーブルや飾り棚、汁わん、盆といった家庭用品を手掛け、碁石を入れる「碁笥(ごけ)」では国内シェア65%を誇る同社にとって、ファッション分野は未知なる世界。どんなものが喜ばれるのかさっぱりわからず、これまで培ってきた知識や財産ともいえる高価な材料をつぎ込み、最高のものを追求するのが消費者の心をつかむ近道だと信じたのだ。
フランス語で木や森を意味する「BOIS(ボア)」と英語で声を指す「Voice(ボイス)」をかけ、「BOIS(ボイス)」シリーズと名付けて2009年7月に発売したところ、狙いが当たり、珍しさから手を伸ばす客が続出。ハンドバッグ、トートバッグは目の肥えた40代以上の女性に受け、名刺入れやペンケース、メガネケースは中高年の男性が支持した。若者に請われ、「こんなもの作っても売れないだろう」と首をひねりながら商品化したiPhone4カバーは、今では同シリーズの稼ぎ頭だ。
ブックカバーや万年筆、USBメモリーなどにも手を広げ、年間売り上げは約1,400万円に上るまでになった。
「木は布や紙といった素材の代わりになる。木で作れるものなら何でも作りたい」と谷口社長。
挑戦する気持ちは次から次にわいてくる。
今や軌道に乗った「BOIS」シリーズだが、商品化まで簡単にこぎ着けたわけではなかった。
若い世代の木製品離れに先行き不安を感じ、商品の卸先である百貨店の中で、家具売り場よりも元気があるように見える女性ファッション売り場に進出しようとバッグを企画したのは13年ほど前にさかのぼる。
最初に使ったのは、木の板。そのままかばんの前面と裏面に用いたが、重いうえに硬い。次に、木をより薄いシート状に切って使うことを思いついたものの、今度は丈夫で破れず、乾燥しても割れないようにする工夫が必要となった。裏打ちするのにぴったりな素材を見つけるまでに、また時間。ようやく出来上がったと思ったら、2週間で表面が乾燥してバリバリにこわばってしまったこともあった。
開発の年月は長く、費用も膨大で、先頭に立ってきた谷口社長自身、何度もこれ以上は無理かもしれないと思ったという。しかし、いつもたどり着く考えは「もうちょっと改良したら、いいものになるのでは」。自分を励まし、木の専門家やバッグメーカーと話をしてアイデアを得ては、試行錯誤を繰り返した。
そうしてようやく、ミシンで縫える画期的な木のシートが完成した。商品の形に仕上げた後は、県工業試験場の協力を得て耐久性を調べる実験を行った。自らも社員ともども製品を1年間持ち歩き、くたびれ具合を確認して、合格と認められるものだけを商品としてラインアップした。発売まで実に10年前後の時間をかけたことになる。
シリーズは県が表彰する「2010年度石川ブランド優秀新製品」生活産業部門の金賞、本年度の県デザイン協議会会長賞を受けた。
「私はしつこいのかもしれないな」。
谷口社長は表彰状の前で照れ笑いした。
谷口社長は先日、若者が集まる都内の百貨店の担当者から声をかけられた。
「もう少しかわいらしいものができたら、うちに営業に来てください」
あらためて商品群を眺めれば、バッグも文房具類も高級志向の大人が好むようなデザインばかり。「かわいらしい」という発想は今までになかった。
化粧ポーチ、ポシェット…と頭を巡らせ、革の部分の色を赤や黄色にしようか、大きさを小ぶりにすればいいか、と悩む。社員も総動員しているが、重厚さが特長の棚やテーブル、ベンチと勝手が違い、何とも難しく、自社のデザイン力不足を痛感しているという。
しかし、今や30代、40代の女性でも自らを「女子」と称し、「かわいい」グッズ集めにお金を出す時代。これがうまくいけば一気に需要が膨らむだろう。子どものころからプラスチック製品に慣れ親しんできた世代に、木のぬくもりを知ってもらうきっかけにもできる。
若い女性が目を輝かせる姿を脳裏に描きながら、「かわいらしい」を求めて知恵を絞っている。
谷口が生み出した新技術には他業種からも関心が寄せられている。
ある企業からは木のシートで靴を作りたいと共同開発の話が舞い込み、別の企業からはベスト作りに使いたいとの相談を受けた。車の内装や屋外用広告ディスプレー、家庭用ゲーム機に利用する話も持ち込まれている。
研究はまだ始まったばかりだが、この先、意外性のあるユニークな製品が世の中に続々と現れるかもしれない。
来年1月には、パリの展示会に「BOIS」シリーズを出展する予定で、海外の企業からのオファーもありうる。期待は膨らむばかりだ。
目標は、シリーズを会社の総売り上げの半分を占める経営の柱に育てること。現在は8%でまだ道のりは遠いが、創業64年の同社を100年以上続く企業にするという夢を胸に、精力を注ぎ込む。
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